桂花團治師匠の『伝戦落語』と映画『Yokosuka1953』

6月14日、大阪・此花千鳥亭で、桂花團治師匠の伝戦落語と映画『Yokosuka1953』特別上映を行います。

 昨年出版した『横須賀1953「混血児」洋子=バーバラの物語』にも書いたが、私にとっての福井での9年間は大きかった。

 まず、「空襲」を知った。私は京都と大津で育ったので、空襲の歴史はどこか遠くの話だった。ところが福井は空襲の被害が大きく、今もその痕跡がある。そして、「映画」を知った。確かに祖父は大映の美術スタッフではあったが、それはただの伝聞のこと。しかし、福井では津田寛治さんに会い、吉田喜重監督から話を聞き、映画を撮るようになった。そして、「落語」に出会えた。福井駅前に寄席小屋「きたまえ亭」を仲間とつくり、毎週末落語会を開催していた。

 今月、6月14日、これらのすべてがつながる落語会が大阪で開かれる。私も映画「Yokosuka1953」を携えて参加する。

日時:2026年6月14日(日) 14時開演(13時半開場)
場所:此花千鳥亭
木戸銭:前売(ご予約)2,000円・25歳以下1,000円、当日は各500円アップ
【要予約・先着30名】
お申し込み・お問い合わせ:花團治おふぃす info@hanadanji.jp  090-6968-4748(ショートメール可)

 主催するのは、桂花團治師匠。実は、福井の寄席小屋「きたまえ亭」の世話人をしていただいた上方落語家である。さらには、私が撮り、初めて映画祭で受賞することができた映画「福井の旅」の主演俳優でもある。当時は桂蝶六という高座名で活躍されていた。かつては福井のラジオ番組でもレギュラーを持たれており、それがきたまえ亭との縁を紡いでいた。

 きたまえ亭ではアマチュア落語家も出演することになっていたので、今では福井で売れっ子となっている瓢家萬月や葵亭真月と一緒に、私も高座に上がっていた。私は新作落語を書くことも多かった。落語を聞き、書き、そして演じる。その経験が、その後の映画脚本やドキュメンタリー制作の基礎になったように思う。

 そして、その頃から花團治師匠には折に触れてさまざまなお話を聞かせていただいた。落語のことだけではない。人との向き合い方や、地域で文化を育てること、そして語り継ぐことの大切さについて、多くを学ばせていただいた。

 福井を離れた今も、師匠のブログをよく読んでいる。今回こうして再び同じ舞台に立てることを、とても嬉しく思っている。

 花團治師匠は当代3代目。2代目花團治が亡くなられたのは昭和20年6月15日。大阪空襲の日である。花團治師匠は先代のその無念を思い、大阪空襲のことを語る「伝戦落語」を始められた。

光が当たる記憶は記録され、歴史となる。
光が届かぬ記憶は、受け継ぐ者を失い、やがて忘れられる。

 これは『横須賀1953「混血児」洋子=バーバラの物語』に書いた言葉だ。花團治師匠は、この言葉を見て、私を今回、彼の会へと誘ってくださった。6月14日は、花團治師匠は樺太の話をされる。初めての口演である。師匠の母が樺太に縁のある方だそうだ。その辺りは口演で私自身も聞いてみたい。

 私たちは戦争を歴史として学んできた。ただ、8月15日の終戦後も樺太ではまだ戦争が続いていたことをどれだけの人が知っているのだろうか。また、樺太で生まれた人、樺太で暮らしていた人々は、終戦後も戦禍に巻き込まれ、故郷を離れざるを得なかった。

 これもまた、忘れ去られようとしている記憶である。

 当日は、桂花団治師匠の伝戦落語「みがきにしん」と、私の「Yokosuka1953」の30分バージョンが上演される。そしてそのあと、師匠と忘れ去られようとしていく記憶、大切なことをどのように受け継ぐのか、それを語りたい。

 忘れられようとしている記憶に耳を傾ける時間になればと思っています。
 席は残りわずかとのことです。ご興味のある方はぜひご予約ください。

 木川剛志

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