「版元との出会い」

今回、本の出版は「えにし書房」からです。この出版社との出会いは、今では“必然的”なものだった、と思っています。その背景を書いてみました。

『横須賀1953 「混血児」洋子=バーバラの物語』の出版は映画公開をした2022年頃から考えていました。しかし、10万字を超える文章を書くというのは、自分には経験のないことで、原稿用紙に文章を書いては、放置する、の繰り返し。このままではいけない、と思い、昨年の8月から企画書を書き、いくつかの出版社に相談を始めました。

最初は当然のごとく、大手の出版社から交渉を始めました。ただ、映画の時と同じように、大手はなかなか断ってくれないんです。ただ引っ張られる。それは、たぶんですが、それぞれの会社の中の賞レース(大手出版社は自社でノンフィクションの賞を用意している)があり、それぞれの編集者たちはそこに自分の企画を持ち込むための弾がいつも必要なので、抱えておくということもあるのでしょう。実際、最初のところは3ヶ月間放置されました。

これでは、2025年の戦後80年に間に合わない。。。焦りの中で、他の出版社にいろいろと掛け合いましたが、けんもほろろの扱い。もちろん、中には、しっかりと相談に乗ってくれるところもありましたが、それでもこの本が売れる、と信じてくれるところはありませんでした。

そんな中、えにし書房という、私の中では“知らなかった”版元の方から、原稿の依頼が来ます。それは『神奈川の「戦後80年」』という本を出版予定だが、横須賀の項目を書く人がいないので、映画「Yokosuka1953」のことを書いてほしい、という依頼でした。そして、そのメールの最後に『横須賀1953』の出版に立候補したい、と書いてあったのです。出版を目標としたクラウドファンディングを見てくれての連絡でした。

クラウドファンディングは、確かに足りない資金を集めるため、が大きな目的ですが、それと同じくらい大切なことはプロジェクトを世に広めることです。なので、その「立候補の言葉」はとてもうれしかったです。クラファンはそれまでにすでに成功していました。そこに可能性を見てくれたのかもしれません。

実際、それまでにほぼ出版が決まりそうなところもありました。ただ、やはり言われることは「この手の話は売れないので印税はありません、200部は買い取ってください」という生々しい現実でした。しかし、それでも“いい条件”だったのです。他の編集者からは自費出版レベルと言われ続けていたので。

そして、それから、えにし書房のことを調べました。そうすると、意外と読んだことのある本を出している出版社だったのです。本はやはり内容で選ぶので、出版社名は自分の中に刷り込まれていませんでした。そして、出版されたラインナップを見ると、マニアックなのですが、それ以上に自分自身が興味をそそられる本ばかり。

えにし書房さんは、横須賀1953を”売れる”、と考えてくださり、他とは比べ物にならない、良い条件での出版を決めてくれました。

なるほど。この版元と出会うべくして出会ったんだ、と思えました。

出版が決まったのは、確か3月の頭の頃。4月中の原稿の仕上げをお約束して、5月で修正・校正での7月5日出版です。たぶん、かなり早いスピードでの仕上げでした。編集者の塚田敬幸さんには本当にお世話になってしまいました。

そして、感謝しなければならないのは、このスピード感も一つの理由でしたが、書きたいように書かせていただいたことです。一章はボツとなりましたが、これは抜刷で別に印刷して、映画上映会場でサイン会特典で配ろうと思っていたりします。ただ、私のような、単著のない無名作家に、ここまで自由にさせていただいたこと、感謝と同時に、責任を感じています。

今の出版界には売れないと断ぜられてきた「横須賀1953」です。一般に、大学教員は「売れる」ということからは無関心な職業かもしれません。しかし、観光映像祭、ドキュメンタリーを世に出してきた私にとっては、資本主義なこの世の中では、自分の言葉がきちんと届くのは売れた時だけ、と感じることが多かった。だからこそ、大切なことを書いたので、それを売りたい、と思っています。売れることが、世の中に役立つと思っているからです。社会に貢献できると信じているからです。

えにし書房さんは、7月25日から27日まで茅ヶ崎で開催される書店フェアに出店されるそうです。

ここには、私が“はまりそうな”本がいっぱい並べられるはずです。もちろん、きっと「横須賀1953」も売られているはず。どうぞ、よろしくお願いします。

木川剛志

 

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